10/10(日)

こんにちは。休日如何お過ごしですか?
私は、のんびりしております。良い感じです。

お客様や友人から「どうやって不動産会社を見つけたの?」「どうやってお仕事先の保育園を見つけたの?」と聞かれる。
私の答えは「すべてが私の<間違え>から始まったんです」。

私は<アナログ>の人間だ。ネットに自分の個人情報を入れて、何かをすることに怖さを感じている。
昔、むかし<聖子姉さん>のカウントダウンコンサートのチケットをネットオークションで2回買っただけだ。
そんな私が8月の初めに「家は幾らぐらいで売れるんだろう」と思った。大手不動産会社の<査定>画面を開いた。
初めてのことだ。個人情報を全て入れてはみたものの「やっぱり やめよう」と<キャンセル>だか<送信しない>だかを<ポチ>したつもりが・・・<送信>で行っちゃった。そしたらスマホが鳴る鳴る・・・私、知らなかったのよ。
電話に出ると「査定に伺います」ていう名も知らない不動産会社からのもの。この速さに仰天した。
一本目の電話に私は「ごめんなさい。間違えて送信してしまいました」てお詫びしたの・・・この不動産会社は感じが悪くてね。
2本目の電話・・・とても感じが良かった。「会社の所在地はどちら?」と「あなたのお役職はなに?」と聞いてみた。
「会社は○○駅前で、小さいですが社員を6名抱えています。僕は代表取締役です」と返ってきた。
私の住まいから程近い所に会社がある・・・地元のことがよくわかっている・・・と思った。<代表取締役>には決定権があり、全てにおいて話が早い。「自転車でこれから伺えます。一度、査定だけでも如何でしょうか?」と言う。
私は「<査定>だけよ」と<彼>に来て貰うことにした。

彼は<築28年>の我が家の綺麗さに驚いていた。「綺麗にお使いですね」と驚いていた。
全てを見せた。バルコニーの眺望も素晴らしいと言う。
私は自分からは<お金>の話をしない性格だ。黙っていた。<彼>が<仲介>と<お買取り>金額を声にした。
<お買取り金額>に私は仰天した。このマンションを売った人の<売却金額>を噂で幾つも聞いていた。購入時の1000万円落ちが当たり前だった。ところが・・・私は500万円落ち・・・信じられなかった。
「この金額に嘘はない?書面を交わさなくても揺らぐことはない?」と聞いた。「確定します」と返ってきた。
「後日、連絡します。○○社長が<確定>と言ってくださった・・・私もお約束します。他の不動産会社の電話にはでない。他の不動産会社に査定を依頼しない。<あなた>にお願いする」と伝えた。

その後にすぐにお客様で10階を数年前に売却したN様にお電話をかけた。一連のことを伝えた。
N様が言った。「私のところは1000万円落ちだった。そのお話が本当なら凄く良いお話よ。うちは大手が安心と思って<住○不動産>で売却したけど・・・間違えだったと思ってる」と。「凄いお買取り金額だと思う」と。

ここから<不動産売買計画>が始まった。<彼>に「お互いがwin win にならないとならない。失敗は許されない。あなたを信じる」と伝えた。<彼>はフットワーク軽く、よく私に付き合ってくれた。

サロンを〆るには新たな<生業>が必要だ。ネットで<調理師求人>と検索した。
<応募>にはやっぱり<個人情報>を入れないとならない。情報を入れてはみたものの・・・怖いなって・・・違う方法があるはずだと<キャンセル><送信しない>を<ポチ>したつもりが行っちゃった。

後日、応募会社からお電話を頂いた。面接日時が決まった。
面接で本社に行き・・・きちんとした会社だと感じた。面接管もきちんとしていた。
その場で<採用>が決まる。入社研修と<健康診断>に後日、出かけた。会社指定の<健康診断>クリニックの素晴らしさに驚いた。<区の健康診断>で行く<町のクリニック>とは大違いだった。「きちんとした会社なんだ」と思った。
そりゃそうだ<○○区立の保育園>に業務委託されるには、きちんとした企業でなくてはならないのだから。
私の不安が消えた。この会社を信じようと思った。

アナログの私の<ポチ>間違いで全てが動き出し、結果・・・全てが私の望み通りになった。
引越しに向け、4年前の<チーム>が集まる。引越し業者の当時の営業担当の○○君に電話をかけた。
お世話になった工務店の社長にも連絡を取った。助けて貰える・・・本当に心から感謝なのだ。

嘘みたいなホントのことが起きるのよ。
この一連のできごとのなかでね・・・私は<亡き母>を傍に強く感じていた。
<神様はいるんだ><お母様は間違いなくいる>って感じない日がなかった。
<見えない力>は間違いなくある。

これで、<どうやって?>のお答えになったかしら?

間もなくお昼・・・<ナポリタン>を作ることにします!昔ながらの<喫茶店>に負けてたまるか!

ごきげんよう。

追伸;保育園でのお仕事が決まったとお客様のT様に伝えると・・・「<制服>を入れるのに使って」とお手製のパッチワークバックを送ってくださった。サイズもバッチリ!「大切に使わせて頂いております」と制服の入ったバックの写真をlineで送った。
「軽井沢の別荘に居るから、お時間があれば何時でもいらっしゃい」と返信を頂いた。
「ありがとうございます」と返した。
保育園は週3日だけど・・・残念ながら・・・役所に行ったり、引越し見積もりに<油圧ベット>の回収があったりと用事があるから・・・伺えない。でも、こうして変わらずに温かいお気持ちを頂けることに心から感謝しております。

This entry was posted on 2021年10月10日.

10/9(土)

こんにちは。曇り空ですが・・・薄日のさす午後です。
お元気ですか?私はスコブル元気です。

お客様からlineが届く。お電話を頂く・・・「寂しい」と仰る。
「康子さんはやっぱり強運です」と妹分達が言う。
「これからは<お友達>としてお付き合いしてくださいね」と人生の先輩方が言う。
「年内、康子さんが落ち着いたら、お食事に行きましょうね」と皆さんが言う。
そして「応援する」「康子さんの人生設計は何の心配もなく、正しい」と言われる。
サロンでのお別れに涙は無かった。お客様も私も笑顔で笑っていた。

私が「21年間 私は やりきった!悔いなし!これからの私にワクワクしかない」と笑ったから。
そして、私の転居先、勤務先に誰もが納得したから・・・どちらにも誰もが溜息をついた・・・「さすが!」だと。
どちらも<場所>が良い。私は<住所表示>に拘った。好きな場所に拘った。

<不動産売買契約>も済んだ。あとは<決済>と<お引越し>。<断捨離>も迷いなく済ませた。
<段ボール>に2箱の生まれた時からのアルバム・・・全部、捨てようと思った。
「その前に一度、見てみよう」と箱を開けた。子供の頃の母と姉と3人での写真が沢山・・・父が撮っている。
何処に行くにも<良いお洋服>を着ている。足元は<エナメルの革靴>・・・<長瀞>の川辺でも<革靴>を履いている。笑みが零れた。私は間違いなく<幸せ>だった。両親に愛されていた。分厚い一冊のアルバムに収まるだけの写真を残した。

幼稚園、小学校、中高、大学、社会人・・・万が一、「昔の写真を」と言われないとも限らない。
その時、「一枚もない」となれば・・・「この女、過去を消したい何かだあった?」と思われ兼ねない。
私が<銀座>で生まれ育った事実もちゃんと残した。大学の入学式に卒業式・・・大企業に努め、秘書をしていた過去も証明できる。あとは潔く<可燃ごみ>に出した。
<死んだら持っては行けない><残された品々を処分する人間は大変だ>とチャッチャと済ませた。

サロンで使っていた<インディバ(美容機器)>は持って行く。自分の為にだけ使う。
厄介な<油圧式ベット>の処分先も決まった。高額だと予測できた。
私は小さな嘘をついた。「このコロナ禍で閉店を余儀なくされたんです。そこをなんとか・・・」と泣き顔をしてみた。
<女>を武器にしたら想定内に収まった。ラッキー。

あっ <保育園>のお仕事も3回行きました。ここでも私・・・自分の希望が叶ってね。
<契約社員>のフルタイムで直ぐにでも・・・って感じだったの。私は気ままな<パート>で良かったのよ。
週3日の一日6時間位で・・・それが、面接中に「気ままなパートじゃないぞ」て。
「まっ 社会保険に加入できるってことは、年金額が上がるってこと・・・それも一案か」って発想の転換をした。
何より<経験のない私>を好条件で採用してくれることに感謝しかなかった。

でも、私には譲れないことがあった。新居への<お引っ越し>が済むまでは<パート扱い>でないと嫌だと言ってみた。
「週3日の6時間でお願いしたい」とね。OKを頂けた。だから、今は<パート>。4日もお休み!

3回行ったお仕事のお話しはまた次に致します。

ごきげんよう。

追伸;10年ぶりの<大きな地震>大丈夫でしたか?10年前は私、銀座の<木挽町中通り>を歩いているさなか。
建物の中の<揺れ>を知らない。今回は寝室にいた。<揺れ>よりスマホの<音>と<声>にまた飛び上がった。
これ心臓によくない。lineが飛び交う。互いの安否確認。怖かった。

This entry was posted on 2021年10月9日.

10/3(日)

おはようございます。
秋晴れの良いお天気の朝です。お元気ですか?

私は元気にしております。
Diaryの更新ができないでいた時間・・・以前<私はひとつのものを手中に収めた>あとひとつは私が「OK」と言えば手中に収めることができると綴っていました。収めました!

頑張った私・・・7年前に母を亡くしてからの<目標>・・・これからの人生、自分がどう生きたいか・・・答えはすぐに出たけれど、すぐには動けなかった。「その時は必ず来る。絶対にそうしてみせる」と思いながら7年。
<その時>が来た。私には迷いがなかった。<行動力>がある私は、誰もが驚く程に動いた。
自分の<目標>も<幸せ>も己が動かずには達成も手にもできない。私は<つかみ>に行く。

つかんだ!今、私はホッとしている。清々しさのなかにいる。後悔はない。

お話しますね。

昨年3月から始まった<コロナ禍>・・・一回目の<緊急事態宣言>で私もサロンを<休業>した。
私には<時間>ができた。様々なことを考えた。
時が過ぎるなかで事態は好転せず・・・職を無くす人、閉店を余儀なくされる飲食店・・・悪い話ばかりだった。
この事態を<マイナス>に捉えるか・・・<プラス>に捉えるか・・・人其々だ。
私は<転機>と捉えた。チャンスだってね。そして良い<引き際>にするって。
<コロナ禍>でも私のサロンは順調だった。お客様の笑顔を見ると揺らぐこともあった。
「ごめんなさい」と私の心が何度も言った。

私は母の遺産相続で<お家騒動>が始まり、2年も<家庭裁判所>に通った。<調停>だ。
このことはDiaryに事後報告している。キツカッタ・・・苦しかった。誰にも言えずに堪えた。
誰にも言えない苦しみを私は<勉強>にぶつけた。
<親のいない子供の役に立ちたい>・・・自分の最後のお仕事は<児童養護施設>だと母を亡くした私は思うようになった。
<無給>でも構わないと思った。私にできることは、子供達に<ご飯を作る>ことくらいだ・・・保育士・教員免許を持っていないから。だから国家資格の<調理師免許>を取る為に勉強した。
合格した私の心が言った。「この苦しみのなかで手にした資格を眠らせておく私は大馬鹿だ」って。「いずれ調理師免許を持っていないと就けない仕事に絶対についてみせる」って。

その時がきた。私は公立の保育園に契約社員としての職を得ることができた。一発合格だ。
大量調理の経験のない私をよくぞ採用してくださいましたと心から感謝した。「無給でいいんです。調理師免許は持っています。お料理が好きです」と言っても<大量調理の経験>がなければ<児童養護施設>も雇ってはくれない。私に必要なのは<経験>だ。

そして、私は<住まい>を変える。女だてら?に<不動産売買>をやってみた。
<相続>で手にしたマンション・・・4年住んだ。母がしていたように私は綺麗に住んだ。
誰もが驚く金額で<お買取り>して頂いた。私は<不動産屋>の選択を間違えなかった。誰もが知る<大手>は買い叩くことを知っていた。地域密着の街の不動産さんにお願いした。不動産屋さんは<ここ>が高く売れることを知っている。
リフォーム後、一か月もあれば売れることを知っている。これは地元の不動産屋だからだ。

私は<山の手>の文教地区の環境の良い洒落たマンションに移る。10階のバルコニーからは<東京タワー>の夜景が美しい。
この夜景を見た時、私の心が叫んだ。「見たくもない(遠目に見えた)<東京スカイツリー>とは、オサラバ!これからは<東京タワー>だ」って。

物事は決まる時は早い。目まぐるしい程に。私の<転機>は上手に行った。やっぱり<強運>?かも。

綴りたいことは、まだまだ沢山ありますが、取り急ぎご報告です。
私はワクワクしています。
私は<両親の為>に生きてきた・・・<良いお嬢さん>と言われなければならない。私は<母の作品>でなければならない。
両親が喜ぶように生きないとならない。ずっとずっとそう思って生きてきた。

母の七回忌。父の一回忌が過ぎたいま・・・私は自分の為にやっと生きられる気がしている。

サロンは10月1日をもって<卒業>致しました。
このHPは残します。私の<軌跡>ですから。Diaryも綴り続けます。

お話が様変わりしますね。これからも宜しくお願い致します。

ではまたね。ごきげんよう。

This entry was posted on 2021年10月3日.

9/20(月)

おはようございます。
秋晴れの爽やかな朝です。お元気ですか?私は元気です。

<お彼岸の入り>です。自然て凄いなって・・・思うのよ。
<彼岸花>の<曼珠沙華>が真紅の花を咲かせる。ちゃんと咲く頃をわかっている。
ここにも・・・あそこにも・・・お散歩しながら愛でることができる。

<入り>の前にお墓のお掃除を済ませた。綺麗に拭き上げ、磨いてきた。
この時勢・・・私には<お墓>しか行くところがないみたいだ。
迷いがある時、決断をする時、願う時、願いが叶った時・・・私は必ずお墓に行く。

「お母様 私は こうしょうと思うのよ。私は 間違っていませんか?」
「私の願いを叶えてくれて、ありがとうございます」 と日々の暮らしのなかで声にしているけれど、「お墓参りに行こう!」と結局は墓前に行ってしまう。

どんなに墓石に話しかけても答えはない・・・わかっている。
最後は母が最期に私にくれた言葉・・・教えを声にする。
「ヤコちゃんは 自分の信じた道を まっすぐ一本 いきなさい」・・・「私が 信ずる道を 行くわね。一緒にいてよ。絶対よ。お願いね」と磨き上げた黒御影に鏡のように映る<私>を前に墓石に手をあて「お母様 一身同体よ」とニコリと笑う。

皆が使う<水汲み場>を整え、「向こう三軒両隣ですから・・・」と呟きながら<よそ様>の墓前を掃く。
私の心は清々とする。<平>になる。

<お墓参り>には行ったほうが良いとDiaryに綴っている。<ミラクル>が起こるかもしれない。
<健康診断>を控えている私が願うことは「無事でありますように」だ。

月に2回と年始・・・単純計算で49回・・・これに「そうだ お墓に行こう!」が加わる。
お寺が近いからできることだ。父は<三男坊>・・・<お墓>がなかった。
<お墓>を買う時、母が言った。「足場が良い方がいいに決まっている。ヤコちゃんが来やすいのがね・・・」と。
母の思惑に私はどっぷりとはまっている。さすがだと母を想う。

良い休日をお過ごしください。ごきげんよう。

This entry was posted on 2021年9月20日.

9/14(火)

おはようございます。
曇り空の朝です。お元気ですか?
ゆらゆらと地震がありましたね。

私は変わりなく元気です。

<チャンスに能力を発揮できるのは、努力してきた人だけである> という言葉がある。

私が自分に言い聞かせている言葉のひとつだ。「これって チャンスかも?」「これって 転機かも?」と感じた時・・・でも迷いが過る・・・そんな時、「私は命をかける程、頑張って、頑張って努力した。その努力が報われる時がきたんだ」と自分を奮い立たせて前を向くことができる。<大きな決断>をすることができる。
そして、自分に<おまじない>をかけることも忘れない。
「私は大丈夫!絶対に大丈夫!私は負けない。絶対に負けない」とね・・・。

そして、<覚悟>を決め、進み始めると私に<人様>が手を差しのべてくれる。不思議なことに<ミラクル>が起こる。
嘘みたいな、夢じゃないか・・・と感じることが起こる。ただ起こるんじゃない。ここでも私は頑張っている。

私は<時勢が困難な時ほど、力を発揮する。安泰より困難に強い>という<星>を持って生まれている。そして<人様に助けられる星>も持ち合わせている。長年のDiaryのなかに、これまでの人生の軌跡を時折、綴るなかに残している。

1年半以上も続いている国難・・・<コロナ禍>をマイナスと取るか・・・<チャンス>と取るか。
誰もが様々なことを思い、考え、悩んだはずだ。私もそう・・・自分はこれからの人生をどう生きたいのかを考えた。
<ワクチン接種>の効果で感染者数に重症者数は減っていると<総理>は自分のお手柄のように有終の美で政権を終わらせようとしているけれど、これまでの<普通の日常>は戻らないと私は思っている。
規制を緩和し、経済を回そうとしても、またその<数>は増える。ウィルスは強力なものに変わって行くから。
<国も都>もお金がない・・・このツケは必ず<税金>として国民に課せられる。

この<国難>に「仕方がない」と現状にとどまるか・・・チャンスだ!転機だ!と<発想の転換>をして行動を起こすか。ふたつにひとつ・・・物事はホントにシンプルだ。

<チャンスをものにできる人は、頑張って、頑張って努力して生きてきた人だ> ・・・私は<ひとつ>を手にした。
もうひとつは<現在進行形>だ。私が「OK」と言えば手中にできる。

また、お話しますね。今日は自宅<おこもり>です。ごきげんよう。

This entry was posted on 2021年9月14日.

9/10(金)

おはようございます。
過ごしやすい陽気から・・・また残暑の日が続くようです。
お元気ですか?

2回目の<ワクチン接種>を終えました。49%の中に入りました。取りあえずホッとしています。
1回目同様、接種部位に鈍痛がありましたが、他の副反応はなかったです。
<発熱>や<倦怠感>を心配し、<お水><ヨーグルト><食料>を用意しましたが、取り越し苦労でした。

<接種会場>は閑散としていましたよ。予約時間より早く着いた人・・・1回目は受付時間まで待たないとならなかったのに、今回は「どうぞ どうぞ」てすぐ。
<目の前にいる人>に感謝と敬意の「ありがとうございます」を何度も声にしました。
<笑顔>は人に<安心>をもたらす・・・医師・看護師に心から感謝です。

私の見解?!です。

1回目  当日は<シャワー>。翌日は<湯船につかる>。肩の鈍痛は3日目になくなった。
2回目  当日、<湯船につかる>。筋肉注射だから、鈍痛は筋肉痛と考えた。体を温めてみた。
     鈍痛は翌日の午前中にはなくなった。

接種当日の入浴は○だ。強く擦らないとモニターに映る。湯船につかると鈍痛が和らぐかもです。

では、今日が良い日でありますように。ごきげんよう。   

This entry was posted on 2021年9月10日.

9/6(月)

おはようございます。過ごしやすい朝です。
お変わりありませんか?

私は元気です。定休日・・・7時過ぎに<お散歩>に行きましたよ。
これからマーケットに<買い出し>に行こうと思います。

<パラリンピック>が終わりました。昨晩の<閉会式>は色鮮やかで華やかで楽しいものでした。
選手の活躍を目にする度に・・・自分の無力さを感じながら、彼らを尊敬し・・・感動を頂きました。
オリンピックもパラリンピックも「開催してくれて ありがとうございます」と私は心から思っています。
<パラ>の馬術も・・・決められた通りにパーフェクトに<ステップ>を熟す馬も、間違えちゃう馬も本当に可愛かった。
長い時間のダイジェスト番組をずっと見てた。いつか乗馬をやってみたい。
乗馬をする友人から<噛まれる><蹴られる>と聞く・・・痛いのは・・・嫌だ。

これからまたテレビは<コロナ>・・・そして<自民党総裁選>ばかりが伝えられる。

では、お買い物に行ってきます。ごきげんよう。

This entry was posted on 2021年9月6日.

8/31(火)

こんばんは。予報通りに雨が降ってきました。
お変わりなくお過ごしですか?
8月も終わりますね・・・。
私は変わりなく定休日を自宅<おこもり>で過ごしています。

昨日・・・<背番号>がひとつ増えました。
メッセージやお電話を頂き、ありがとうございました。
とても嬉しいかったです。

昨日は暑い日で、不要不急の外出を控えないとならない時勢でもありますが、毎年のルゥティーンは変えられなかった。
<汗だく>覚悟で両親のお墓参りに行って来ました。
私にとってのお誕生日は私を生み育ててくれた両親への感謝から始まる。
両親が健在の頃からそうだった。「ありがとうございます」を伝えた。

もう倒れるかと思うくらいに暑かった。でも気が済んだ。気持ちが清々とした。
すぐに帰宅しないとと思ったけれど・・・負けた・・・<焼肉>が勝った。
外食もせず、出かけるのは近所だけ。デパートにも行かない。
私の脳が囁いた。「せっかく出てきたんだもの」って。「お一人様 お誕生日会 やっちゃう?」て。

<換気>を考えたら<焼肉>だった。<居る人>を考えたら・・・自宅とお寺の経由地点の<目白>。
<目白>はDiaryにも綴っていますが、好きな街。裏通りに綺麗な<焼肉屋さん>があることは知っていた。
お昼時を過ぎた<ここ>は一組のお客様しかいなかった。
<黒毛和牛カルビ・ロース 二種盛>をオーダーした。倒れそうな程に美味しかった。
キムチ・ナムル・ワカメスープ・サラダ・ご飯が付く。夢のようだった。
もう すぐにでも行きたい。

定休日の私はスマホを持たない。重いから。
帰宅後にメッセージと着信履歴を開いた。<夢のような ひとり焼肉 お誕生日>と返した。

<焼肉>は私にHappyをくれた。ごきげんよう。

This entry was posted on 2021年8月31日.

8/29(日)

おはようございます。曇り空の朝です。
お元気ですか?

暑いなかのご来店・・・お客様から<pino>アイス詰め合わせの差し入れを頂きました。
昔々に食べて以来。「懐かしい」と声にした。ひと粒が大きくなっている感じ・・・お風呂上りの<お楽しみ>になっている。

<パラリンピック> 凄いなって思う。自分の無力さを反省しながら力を貰う。
<マスクボール>・・・メダルを取ってもらいたい。

毎日、毎日 嫌なニュースばかり・・・<スポーツの力>を改めて感じている。

私は元気です!ごきげんよう。

This entry was posted on 2021年8月29日.

8/21(土)

残暑お見舞い申し上げます。
お元気ですか?

やっと全人口の一回目ワクチン接種率53%の中に入ることができました。
総合病院敷地内の摂取センター・・・テレビでは見てはいたけれど<現実>を見た。
<受付><誘導><看護師><医師>。自分の目の前にいる人に「ありがとうございます」と伝えられるだけ何度も声にしていている私がいた。親切だった。笑顔があった。

<人並み>に左肩に2日間の鈍痛。3日目には<筋トレ>が違和感なくできた。今は全然大丈夫。
二回目は9月初め。この頃には二回目接種率30%が50%以上になっているだろう。

一度だけ<予約>を試みた。ワクチンがなかった・・・Diaryに綴っている。
ジタバタしても仕方がない。のんびりその時を待つと綴った。
<50代限定予約開始>の知らせが区報にあった。難なく予約が取れた。

会場にいるのは50代が殆ど・・・隣の女性の問診票の年齢は59歳だった。
ぼんやりと<人>を見て時間を過ごした。当たり前だけれど・・・様々な50代がいる。

では、またね。ごきげんよう。

This entry was posted on 2021年8月21日.